『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2006年 09月 20日

山からの便り

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 十三峠越えの道を登って行くと頂上付近に倒木が何年も前から道を塞いでいる。 我々はここを潜って登らないと峠へは出られないのだ。 この木は台風で倒れたままになっており、以来横倒しになったままこの山にもたれて年月を過ごしてきたのだ。 行政も人や集落に被害が無ければあるがままの姿を容認している。 ここを越えて登って行く人はこの山の自然の息吹を感じつつこの木を潜って行くのである。 
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 山は不思議なことだらけで、より不思議さが増えこそすれ、登るたびに飽きるということを感じたことは一度もない。 もう何度登ったか知れず、また、何度もそこを見ているのに気が付かなかったことがいっぱいある。 この板根(ばんこん)もその一つである。 熱帯では根を深く下ろすことができないため、根が幹を支えるために板状の板根を形成して木を支えるのだそうだ。 ここは熱帯ではないが、この板根はもしかすると、この木の下の土壌が非常に薄く、深くないところに岩が迫っているのかも知れない。
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 頂上付近にまで行くとこのような岩石の路頭が見られる。 しかし、良く見ると、無数の縦に走るひび割れがどれにも走っていることに気付く。 この岩は巨大な地下のエネルギーが暴走することによってこのような縦のひび割れが一律に生じたのである。 一見穏やかなこの生駒山地も、このような徴を探して行くと過去に極めて大きな地殻変動の上に大阪側からみて奈良側が持ち上がったこと、その時に岩石が巨大な運動エネルギーを受け、破砕されたのだと言うことを眺めていると、自然の表現しようのないくらいの大きな姿に立ち止まってしまうのだ。

【PS】 帰り道いつもコノハズクが止まっていると足取りが軽くなる。 今日は拙宅の娘の上を羽を広げて飛んで見せたと興奮していた。 彼等狩人の勇姿を一度見ると人は思わず興奮してしまうものだ。
 そうそう、山ではもう彼岸花が咲いていました。 秋、早いんですねェ!
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by usasho | 2006-09-20 22:13 | 自然
2006年 07月 08日

雨曇りに登れば

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 今日は梅雨前線と台風のせいで雲行きが怪しい。 家の前から眺めると、山の頂には雲が懸かっておらず、ほんの少しだが薄日も差す。 体調がこの二週間程極めてすぐれないのだが、トレーニングをかねて登ってみることにした。 湿度が高い分、登り始めから汗が止まらない。 肌のベタベタ感が気になったが、高みを得るに従って風があり気持ちがよい。 登山口からは様相がさすが違った。 極めて滑りやすい上に段々と雲が出てきたため、そうでなくとも鬱蒼としているのが昼間から真っ暗である。 そのうちに葉に雨が当たる音がしだし、木の上では降り出したことが分かった。 約三分の二程登っていたが今日はここから引き返すことにした。
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 山道を歩いている途中、独特の樹液の匂いが辺りにたちこめ、昆虫達の泉がほとばしり出ているところがある。 極めて暗いうえに、さらに私の頭から二メートル程上の様子はもっと分かりずらいものの、いくばくかの虫が飛び回っていることがどうにか分かったので、そちらに向けて一枚だけ写真を撮っておいた。 家で落ち着いてみてみると左上の方にどうやらカブトムシが写っている。 今年最初の成虫なのだろう。 虫達の掟が支配する世界がもう活発に始まっており、今年の夏はもう直ぐそこまで来ている。 山ではもう、ニイニイゼミが鳴いているのが聞こえた。

【PS】 山を下ってくると、さすが下界は雨がほとんど降っていなかった。 恩地川の橋を渡っている時、フト下の川を眺めると、大きな亀が首を水面にあげて休憩中である。 どう見ても日本の固有種ではなさそうだ! これを見ても、ペットとしての外来種の輸入は行政が下した最低な悪政の見本であることが良く分かる。(ちなみに体長は約20センチ程)
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by usasho | 2006-07-08 21:59 | 自然
2006年 06月 26日

登りたくなる木

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 東京へ研究会に出かけた。 朝早く着いてしまったため時計台の前のベンチに座って本を読んだり、ノートPCに打ったりしていたが、フト目の前を見ると実に枝振りの良いクスノキが立っているではないか。 いままでに、このような素晴らしい枝振りの木は見たことがない。 見ているうちに登りたくてウズウズしてくる。 小学生だったら間違いなく登ったであろうが、この年になってはそうもいかず、見ていると何ともいえず悲しくなってしまった。
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 見ているだけでその気にさせるなんて、この木は実にすてきな木だ。 このゆったりとした木が二本左右にあって時計台の広場を囲んでいる。
 木々に鳥が集まり、人も集う。 楽しい語らいと思索の時が流れ、見上げるとそこに優しい木が静かに立っている。 これこそこれらの木に備わる徳とすべきものなのであろう。

【PS1】 木を眺めながら朝の御握りを食べていると雀が何羽も寄ってきた。 本当にビックリする程近くまで寄って来るではないか。 ここは東京だろう? っと思うのだが恐がりもせず、寄ってきて御握りをねだるのだ。 何粒かを指の先に付けて差し出すと本当に寄ってくる。 羽根を左右に下げ気味で小刻みにばたつかせ、首を突き出してもっとくれという。 ベンチの石のもたれの上に並べてやると面白いように食べる。 エー、本当にここは東京かしらと目を疑った。
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【PS2】 ここ東大の経済学部で春は恒例の研究会をやることになっている。 何年か前、大教室でやっていると、開かれた窓の枠にカラスがやって来てジッと中を向いたまま静かに留まっていた。 まるで話を聞いているように見えるのだ。 休み時間にある先生がこのカラスを指して、さすが東大のカラスは違うゾ!研究会の話しが理解できるんだ!っと言ったら一同大笑いになった。
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by usasho | 2006-06-26 23:01 | 歩き回って
2006年 02月 22日

木の風格

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 むかし、ご縁があって土門 拳氏にお会いできた。 リハビリで顔色はすぐれてはおられるが、すでに会話がご不自由である旨のご注意を車椅子を押してこられたお弟子さんからお聞きしていただけでなく、夢のような機会に上気した性もあって、緊張のあまり何をしゃべったのか皆目覚えていない。 先生はお会いしている間中、終始にこにこしておいでであった。 いろいろの風説や彼の書物で、結構頑固な先生を念頭に置いていたのに、思いもかけなかった応対に、ある意味面食らってとまどった。 その日は黒の紋付き羽織を召されていたこともあってか、その近寄り難いまでの風貌に打たれ、ことのほか上がってしまったが、ただ、うんうんとうなずかれながら話をお聞きいただいている間中、私を見つめておられた先生の目に言葉には表しがたい程の静まりと優しさをひしひしと感じた。
 じつは、この眼差しは以前にも経験がある。 恩師の山田盛太郎先生である。 土門先生にお会いしている間中、その後ろに山田先生を感じていた。 お二人に共通することは、己を尽くした人間のみが醸し出すことのできる深い“人のあじ”であろう。 まこと、風格とは、あるべきその人にそっと備わるものなのだとしみじみと感じた。

【PS】 本文と写真が違わないかって? いえいえ、辿り着く先が同じなのですョ。 この木は十三峠に至る道筋に立つ木です。 この木に出会って、物言わぬ木といえどもその優れたるものには自ずと備わる辺りをはらうものがあることを知りました。 春夏秋冬いつ出会っても、本当に心打たれる木です。 山に神が宿り、魂を洗うというのであれば、間違いなくこの木であろう。(一番輝く秋の写真をここでは掲げました)
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by usasho | 2006-02-22 22:00 | 自然