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2006年 08月 14日

四十余年ぶりの邂逅

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 昨日、京都の内の実家へ法事に出かけた。 法要も無事終え、積もる四方山話の後、内と嵯峨野の大覚寺へ出かけることにした。 四十余年ぶりに“あの兎たち”に会うためにである。
 ほどなく、雷こそ鳴らなかったものの、天地の間に雨音を轟かせて篠突くような激しい夕立が辺りを包み込んだ。
 半時程暴れ回った雨雲は、気が済んだとみえて、カラッと一気に余分な雲を払い、夏の青空に涼風を添えて呼び戻すと、昔と少しも変わないやりかたで三つ指を突いてどこかへ消えていってしまった。 今までの天気がまるで嘘のように思えるようなこの京の夕立の作法は、味わった者にしか分からない不思議な魔力をもって京の夏をその魂に刻み込むのだ。
 大覚寺には四時過ぎにやっと着いた。 四十年という時をもものともせず、私の記憶は何の迷いもなく真っ直ぐに玄関から古い友達のいる廊下へと私を連れ導いた。 四十年たっても彼等は相変わらず板の上でくつろぎながらのんびりと時を過ごしている。 彼等にとってはもう既に三百年以上この板の上で飛び跳ねたり、寝ころんだりしていたので、私が懐かしむ四十年はほんの一時にしか過ぎないのだろう。
 久しぶりの邂逅は瞬時にして心の中の時の堰を打ち砕き、溝を跡形もなく掻き消してしまった。
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 私は高校の授業に辟易していた。 かなりの無茶な抵抗は大きなリスクを後々まで引き摺ることになる。 当時同級生が受験勉強に目の色を変えているのを尻目に、私は自らを試すためにいま一つの無茶を始めかけていた。 京都大学の親学会へ提出する論文「日本的美意識について」(原稿も同稿を掲載してくれた雑誌も今は失ってしまったが、論題はこのようなものだったはずだ)を書くために京都へ日参し始めたのだ。 とりわけこの嵯峨へはほとんど毎日のように通い、足が動かなくなるまでひがな一日ただひたすらあたりをさまよい続けた。
 そんなある日、私は初めてこの兎たちに出会った。 というより、この兎たちに出会い語らうことで、論稿を少しずつ組み立てて行くことができるようになり、長く苦しいトンネルを抜けるためには、どうしても辿らねばならない心の呪縛を解くための糸口のありかをも、また彼等から教えられた。
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 兎たちは昔会ったときよりも一層のんびりと楽しげにふるまっていた。 四十年余を経た彼等との邂逅は一気に時の垣根を蒸発させてしまい、時間の観念が故障し、そこに板があることさえも意識できなくなってしまった。
 夕立の後、雲一つ無く晴れ渡った空の下、吹き渡る涼風の中で内と共に波一つ無い鏡のような大沢の池とそれに続く緑滴る山々を眺めていると、あの草のむせかえる暑さの中を何ものかに憑かれ、何かから逃れるようにただただ歩きさまよいつつ拭った汗の記憶がまるでつい先程であるかのように手に蘇り、さまざまな思い出が透き通った涼風と一緒になって、身動ぎもせず池を眺めて佇み続ける我々を包むように優しくそしてゆるやかに吹き渡り、空になった心の中を撫でて慈しんだ。

【PS】 しかし、実に家が建て込んだものだ。 かつての嵯峨野の風情は私の記憶の中にしか見いだせなかった。 ただ、克明に焼き付いた記憶は驚くほど正確に元の姿を幻のごとく呼び起こすことができたため、決して道に迷うことはなかった(しかし、不思議なことに、昔よく迷ったところは四十年経ってもまた迷ってしまった)。

 様相を大きく変えたとはいえ、四十年ぶりの嵯峨野も昔と同じくらい優しかった。 私の目の前、数メートル先をノートと鞄を抱えたおかしな学生がキョロキョロとあたりを見回しながら歩き回っている姿が、目の前の有様と昔の景色との間にだぶり、今の世界と私の記憶の世界との間を彼が絶え間なく往還するのだった。 彼の足許には兎たちが道案内をするために時々振り返りながら駆け回わっていた。

【PS2】 渡辺始興筆の「野兎図」についての筆者の雑感は、筆者のほかのサイト の該当の箇所をご覧下さい。
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by usasho | 2006-08-14 10:49 | 邂逅