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『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2007年 02月 12日

山がモコモコな理由

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 冬の里山が「山眠る」と言われるのは、木の葉が落ちて精彩を失い、まるで山全体が枯れてしまったかのように深く眠りこけたように見えることからそのような表現がなされたのであろう。

 しかし、日が当たる冬の里山を遠くから眺めていると、日溜まりの縁側でモコモコした猫が寝惚けて転がっているように見える。 一体、どうしてそのように見えるのだろうかと、また、つまらぬ事を考えながら山に登った。
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 答えは直ぐに思いついた。 葉が落ちると枝の間からまだ向こうが見える、日が差してくると遠くからも枝の先の向こうまで視界があるものだから、山肌が面ではなく奥行きのある広がりとして視覚されるため、遠くから見ているとモコモコとした山肌に見えるのであろう。
 冬の里山は日が差すと葉っぱが無い分だけ驚くほど明るい。 分っていても、時々、その明るさのためにビックリして見上げてしまうこともけっして珍しくない。

 こんな里山も、春が来ると少しずつ小さな葉っぱが吹き出し、そこかしこに花が咲きはじめ、遠くから見ていると、春風にそよぐモコモコと花が一緒になって、まるで山が笑っているように見えるのだ。

【PS】 十三峠への道を登っていると、山が少しずつ少しずつ荒れてきているのに気付く! この小さな信号をどのように伝えればよいのだろうか、と時々考え込むことがある。
 何故か昆虫の量と質が随分と変わってきたように思う。 もちろん、動物の生息数は確実にだ。 植物の生え方も時にあっという間に群落が消えてしまうことがある。 さらに、人が多く登ることで土壌の流出も確実に少しずつ続いていている。
 これらは些かばかりの地域に密着限定して考えると大きな間違いを起こすのではないだろうか。 しかし、全地球的規模で考えようとすれば、あまりの規模の大きさ故にかえって無気力に陥りやすい。 
 各地の大学や学校を始めとして里山への関心が少しずつ深められつつある。 地味ではあっても、今はここから始めることがやはり確実なのではなかるまいか。

by usasho | 2007-02-12 19:42 | 自然
2007年 02月 11日

瞑目の証

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 人類の歴史を辿ると、古今東西を問わず、大きな歴史的転換点においては、ほぼ同じような作業が繰り返し黙々と行われていることに気付く。

 真っ向から激突する相反する意見のグループがその雌雄を決するとき、動かぬ人の骸(ムクロ)の山が出来てしまう。 そして、それらを地上から始末してしまうために大きな穴が掘られ、この奈落に突き落とされた声なき人々を労うためにちっぽけな石が勝利の証として置かれるのを常とする。
 ここ、大坂(注:明治まではこう書いた、為念)においても今から四百年前に此処に大きな穴が掘られ小さな地蔵が据えられた。 (他にも数え切れないくらいの穴が黙々と掘られ、そこかしこの寺院からかっぱらわれてきた地蔵がその上に据えられたことであろう。)

 時移り、ここにビルが聳えることとなり、改めてこの地蔵が発見され、此処に歴史の証人を呼び戻すことになったのだ。 しかし、此処に佇んでも、当時を思い起こさせるものはほんの僅かしか見出せなくなり、地獄の戦場において露と消えにし彼等の不運はこの小さな祠の中に閉じこめられてしまったのである。

 現在も世界各地で新たな穴が数知れず掘られつつある。 一方で計り知れない涙と追憶がうずたかく積み上げられようとも、地上の至る所で新たな作業の手が休まりそうな気配はない。 また、日本においても、このような穴がこれから先掘られることが無い、という保証もまた全く見当たらない。

 問う! 瞑目の証はどのような方法で後世において贖われたのであろうか?

【PS】 この写真の場所から東へ何キロか行くともう一つの、こんどは大きな石の塚がある。 今から百四十年ほど前に掘られた穴の上に立つ勝者の証である。 薩長により攻め立てられ無念の敗北を喫した幕府軍の後始末をしたことがそこには記されているのだが、勝者としての徳川軍と敗れし者としての幕府軍が音もなくひっそりと街角に佇む前を、今、多くの人々が明るく華やいだ声をこだまさせつつ歩いている。 春にはまだ少し早いけれど、柔らかな日差しが辺りに降り注ぎ、頬を優しく春風が撫でてゆく。

by usasho | 2007-02-11 11:42 | 歴史の証人