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『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2006年 05月 28日

歴史的遺産と町造り

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 備前は池田家31万5200石の大身があるため小藩は目立たない。 しかし、現在の岡山市からJRで二駅西へ走ると、そこには庭瀬藩2万石(板倉家の代で明治を迎えた)の家並みを今でも目の当たりにすることができる。 写真はその庭瀬藩の陣屋跡だ。 文字通りの小さな藩ではあったが、街を歩いてみると、さぞや昔は美しい家並みが軒を連ね、縦横に結ばれた水路には水面に心奪われる影が揺れて、水鳥がそこかしこで餌をついばみ、菱の実がたわわに実り、子供達の声が辺りにこだましたことであろう。
(蛇足だが、この陣屋跡から西に200メートル程の処にもう一つの陣屋―幕府領で石高は五千石だが、さすがこちらの方がでかく、親藩とはいえ2万石の方がこぢんまりしている―があるという全国的に見て実に珍しい景観をここ庭瀬は持っている。 更に蛇足を重ねると、元々の庭瀬城本丸が西の撫川陣屋となり、残りの東側が東の庭瀬藩の陣屋になったためにこのような面白い現象が起きたのだ。)
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 しかし、現在はどうであろうか。 ご多分に漏れずここにも大都市が雪崩れ込んできて(皮肉なことに隣の岡山市の隣接住宅街としての位置付けで)目の前に拡がる過去に繋がりをもたない人々が多く住まうようになった。 駅前で何人かに陣屋のことを聞いてみたのだが、正確に答えられる人はいなかった! 本当に残念なことであるが、この誇らしくも美しい歴史的景観をもつ陣屋跡の街は、今の多くの住人の関心を呼んではいないように見うけられた。
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 口惜しくも残念なことだ。 岡山市と比べて、決して遜色どころか、いやそれ以上の環境を持ちながら、住民の関心が上がらず、町は特色を日々失いながら、せっかくの歴史的世界を過去の世界に葬り去ろうとしている。 町造りをはじめとして、人々の意識の中に歴史的世界を活かした生活の場を創る工夫を巡らせば単なる地方都市などというけちくさい範疇ではなく、素晴らしい未来に誇ることのできる“住まいの場”を生み出せるのにと思った。 恐らく小生が知らないだけであるいは多くの心ある人々がそう思って日夜知恵を絞っておられるのかも知れないが、行政を含め、誇れる街並みと特色ある地域社会を未来に残すためにも、今こそ積極果敢な運動の展開をなんとしても期待したいものである。f0068075_19245915.jpg
 歩き回ると水路には田舟が浮かんでいるのがあちこちに見られる。 これももう少しすると過去の世界へと消えてゆくのであろうか? 一見便利そうではあるが特色のないどこにでも在るような街を造ってゆくよりも、いつも心の中に息づいて消えることのない、みんなの心の財産となるような愛着のある街を育てる工夫こそが日本では今最も問われなくてはならないものだと思う。 このような人々のたゆまぬ営みの中からだけ、我々の未来の新しい文化が育まれてゆくものだと考えている。

【PS】 母は実家からこの庭瀬の駅まで毎日歩いて通い、汽車に乗って岡山の女学校へ通ったのだそうだ。 この駅からは先ほどの板倉家のお嬢様も加わり一緒に毎日通ったそうです。 冬は星降る中を手を凍えさせながら通い、いまだ家がまばであったためか、線路脇を走りながら汽車の釜焚きに「待って下さい!」といえば「はよこいよー」とそれなりに待ってくれたのだそうです。
 叔母の四十九日への参列に朝早く大坂を出た甲斐があったのか、思ったよりも早く到着できたため、庭瀬の駅から母の実家まで試しに歩いてみることにした。 周りをキョロキョロと物色し、それなりに時間はかかったものの、亡き母に導かれてつつ途中数々の収穫を集めたが、しかし間違いなく時間までにはキチンと到着することができました。

by usasho | 2006-05-28 18:37 | 歩き回って
2006年 05月 14日

一日の終わりに

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 人は一日の終わりに何を思うのだろうか、と考えたことがある。 大阪市内に住んでいる時や学生の時、さらには社会人になってからもあまりこのようなことを考えたことがない。
 この八尾に引っ越してきて、この信貴山の麓から山に登るようになって以来、このようなことがふと頭をかすめることに気が付いた。 年の性と言うこともあるのだが!

 住所としてはうまく説明が出来ないのですが、好みの道をジグザグと十三峠付近へ登る少し人家が途切れるあたりにこの観世音菩薩はお立ちになっておられる。
 わたしはここから眺める夕日を殊の外気に入っている。 別に特別に目を見張るような秀麗な眺めではないのだが、稲を焼く煙や里の犬の声々、学校からの帰宅を促すチャイムの音等々の匂いと音が案配よく混ざり合ってなぜか心落ち着くものがあるのです。
 ただそこに立ち止まって、ほんの数分間のドラマを楽しみ、夜のとばりが降り始めた坂道を余韻を噛みしめながら家路を辿って、暗くなった道の奥に我が家の灯りを認めると、ホッとして少しだけ足早になり、玄関の扉をおもむろに開けるのです。

【PS】 あるとき、この場所で夕日を楽しんでいたら、孫を連れて散歩中のこの辺りに住む老人と話しをする機会を得た。 かれに、毎日ここから美しい夕日が眺められて良いですね、っと言うと、彼は我に返ったようにハッとなり、ここに七十何年も住んでいたが、ここからの夕日を見た記憶がない、言われてみれば本当に美しいものですな、と立ち止まり、一緒に六甲の山へ落ちてゆく真っ赤な太陽を楽しんだ。 その日は、殊の外夕日が美しく、三人はただただ言葉なく眺めていたが、お互いに篤く礼を言い合って左右に分かれた。

by usasho | 2006-05-14 23:20 | 歩き回って
2006年 05月 13日

BARROW STEEL 1897 ―町の片隅で―

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 日本国有鉄道の流れを汲むJRの古い駅には古いレールが建築用鋼材として鉄骨に流用されている様子を数多く見ることができる(旧国鉄以外にも古い私鉄の駅を探すとここにも多く発見することが可能だ)。 (細かに探せば鉄道以外にもさまざまな用途があったことが知られている。)
 写真のものは、大坂環状線、玉造駅のホームにあるもので“BARROW STEEL 1897”と読むことが出来る。 イギリス製(BARROW STEEL) で1897年(明治30年)に製造されたものであることが分かる。 この年(1897年)に日本はやっと官営八幡製鉄所が設立され(操業はさらに4年後になる)、7年後(1904年)には日露戦争に突入し、9年後(1906年)に鉄道国有化―日本国有鉄道―に辿り着くのである。
 写真のレールがいかなる経緯でこの場所にたどり着いたかは不明であるが、新品の鉄道用レールであれ、使い古された古鋼材としてであれ、日本に辿り着いて、ある年この駅の建築用鉄骨としてこの位置に納まり、現在に至ったのだ。
 目を凝らしてあたりを見回してみると、意外と身近にはいろいろな面白いものがあるゾ。

【PS】 内が包丁の切れが悪いと嘆く。 いままで待たせてあったものだから、仕方なく今日は夜に包丁を研いだ。 私は普通は家人が寝静まるか、不在の折りにしか刃物を研がない―誤解を解くために(?)言っておくが、あくまでも神経を集中させるためにそうするのであって、特に他意はない。しかし、第三者として客観的にみれば、あまり見ていてそれが気持ちが良いものだとは言えないということにかんしてはそれなりに理解はできる―。 集中して研いだものと、よい加減に研いだものとは切っている時の刃の通りが指に伝わる時の感覚が異なるという理由からだ。 だから、急げば急ぐ程うまく研げない。 夕食に間に合わすために、結局妥協を図った。 やはり、どうも言葉にならない忌々しさが拭いきれない。 心の乱れというものが鉄には伝わるのだと思うと、溜息が出てならなかった。

by usasho | 2006-05-13 22:06 | 歴史の証人
2006年 05月 07日

新:命の森からの便り

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 我が家には結構図鑑がある。 私が結構こまめに買い集めたものだ。 しかし、どういう訳か、持ち出し用のハンディなものをいつも持ち出すのは春だけなのだ!
 その秘密は色と形ではないだろうか! 春はまだ形が定まらないものがあるためと、色遣いが溢れるさまざまな生き物が周りに一斉に溢れ出す。 図鑑を持たずにはいられないからだ。
 ほんの僅かな色遣いにも春は楽しませてくれる。 落葉樹は冬の間に新しく芽を用意し、春になれば一斉に新しい葉をバリバリと音がするくらいの勢いで伸ばし始める。 若い葉は薄いために緑が薄くなり、見上げると違いがよく分かる。 私達が見ても、別に涎が出ないが、虫達や鳥や獣にとっては実に美味しそうな葉っぱなのだろう。 あっという間に食べられ始める。 中には食べられないためになのだろうか、出たてが赤い葉っぱがあったりする。
 豊かな森はこのように様々な仕方で多くの命を育む。 いろいろな木々が混じり合うことで更に多くの生き物が集うのだ。 多様性こそが豊かさの証であり、豊かであることもまた多様性を増やす要素でもある。 この関係を無粋に断ち切るのは残念ながら人であることが多い。 本当に残念なことだ。
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 山でどういう訳かクマバチの亡骸に何度かであった。 一体どうしたのであろうか? さっきまで空を駆けめぐっていた翼はたたまれて冷たく地面に横たわることは決して珍しいことではないが、春から同じ種類の個体が多く死んでいるのを見付けることにふと気になった。

【PS】 今日は朝から雨だ。 虫達にとっては雨は決して単純なものではないはずだ。 加速度を付けて空から落ちてくる水滴がどこかに当たれば体の大きさに対して相応の衝撃があるだろう。 恵みの雨とは人のせりふであって、虫達にとっては魔の天候変異でしかないのだろうか??? とりわけ春は木々の葉が若く薄いため衝撃を受けやすいのでは…。 しかし、雨が降った後、大量の昆虫が死んでいるという報告は余り聞かないが…???

by usasho | 2006-05-07 15:55 | 自然
2006年 05月 06日

続:命の森からの便り

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 この森には狸の小径と私が名付けた径がある。 この径の奥には狸の巣があって狸が暮らしているのだが、できるだけ近寄らないことにしている。 もし、お互いの境が接近することで、彼らの生存に不具合が生じないためにである。 従って、この小径は誰にも教えていない。
 運良く彼等と出会えた時には、互いに一定の距離を置いて地面に腰をかけ、知らん振りを決め込み、時々チラチラと見るだけで、それ以上は決して干渉せず、お互いに尊重しあう関係を私は彼等と保ちたいと考えている。
 長野や、奥飛騨のように極めて自然が豊富にあるところ(→あくまでも、この大阪の地から見てのことで、そこに住んでいる方々が我々以上の危機感を持って日々暮らしておいでなのも十分承知の上で申し上げているのだ)と異なり、すぐそばまで家や車どころか町全体が猛突進して山とぶつかり合っているこのあたりでは、この残されたわずかばかりの自然が殊の外愛おしく感じるからだ。
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 五月の森は命がすさまじい勢いで山にあふれ出した。 自然の掟が彼らを導き、森に一定のリズムを刻み込んでいる。 巨大な食物連鎖だといってしまえばそれまでだが、もう少し異なったスパイスの在り方もここではほしいではないか!
 冬の間、木漏れ日が地面を明るく照らしていた森も、もはや点で突くくらいしか日が当たらなくなった。
 森の奥で何かがゴソゴソとうごめいているのだが、緑の向こうでよく見えない。 向こうから何ものかが私を見ているのだろう。 この森はかれらの住み家なのだ。 心して歩こう!

【PS】 浦島草が15センチばかりの高さで糸を垂らし始めた。 初めて見たときは、何となく薄気味の悪い花だったが、この時節に山でこれを見るとニッコリする。 しかし、浦島草とはうまく名付けたものだ。
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 どこに行ってもしきりに鶯が喉をふるわせている。 相手を呼ぶ声が時に血走って聞こえるのは年の性か?

by usasho | 2006-05-06 12:11 | 自然
2006年 05月 05日

命の森からの便り

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 目を閉じて耳を澄ませば、細かな雨でも降っているような音がする。 目を開いてみると、緑の森の真っ直中で、遙か上には雲一つ無い青空が拡がっているではないか! 一体この音は何なのだろうか?っと思いしばらくそこに佇んでいた。 樫の木の若葉が幼虫に随分食べられており、目の前には幼虫がブランコを何匹も何匹もやっている。 落っこちた幼虫がそこいらにいっぱいはい回っている。 足下の枯れ葉にもポタポタ、ポタポタと小さな音が絶えず響いている。
 そうだ!無数の幼虫たちが一斉に若葉を食べる音と、彼等が落とす糞が下の昨年の落ち葉にあたる音がまるで雨のように聞こえているのだ! 極めて多数の幼虫が一斉に若葉をついばみ始めるとこのように不思議な音がする。 この時期、山ではいつもこのように驚かされるのだ。
 この幼虫たちをねらって鳥や昆虫たちの捕食者達が一斉にやってくる。 捕食者達のお腹が満腹になるか、幸運が重なって成虫にまで辿り着いたものだけが子孫を次の世代へと送り出すことが出来る。 一見不幸な世界のように見えるが全体を見た場合、豊かな命を育む森の普通の姿なのです。 このようにしてバランスが保たれ、次の世代がそれぞれ約束されてゆくのです。

 山から降りていると、オオオサムシが捕食中だ。 夕日に照らされ、身じろぎもせずモデルに収まったこのオサムシは、昨年からの越冬者であろう(今年孵る成虫は早いものでもまだ一月ほどかかるからだ)。 黒光りのする立派な面構えのこのオサムシはこの写真を撮っている間、身動ぎもせず、食料をくわえたままポーズをとり続けた。 一冬を森のどこかで耐え抜いたこの虫は次の世代を残すことに、今一生懸命なのであろう。
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【PS】 この時期山はスカンポ取りの人で結構賑わう。 私はスカンポをいまだに食べたことがない。 アラアラ!って思うようなところをよじ登ってまでも太いものを、また、人よりも一本でも多く集めようとしておいでなのだからさぞかし美味なのだろうが、拙宅にはこの食事法が伝わらず、未だこれを食すること能わずだ。 何人かの団体さんのお爺さん、おばさんにいろいろとご教示頂いたのだが、結局よう見付けないで手ぶらで帰ってきた。 今年も、また食べられなかった。

by usasho | 2006-05-05 22:39 | 自然