『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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カテゴリ:日記( 3 )


2014年 04月 04日

巡り来る春

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 やっと春が巡ってきました。 玉串河畔にも満開の桜が咲き誇っています。
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by usasho | 2014-04-04 22:28 | 日記
2007年 11月 10日

久し振りに山に登る

 異常な季節のせいもあったのであろう、この頃多少無理をしたために体調を崩してしまった。
 そのため、今日と明日の東京でのシンポジュームに出かける予定は泣く泣く取り止めになってしまった。 そのせいなのであろう、朝からどうも気持ちが落ち着かず、おまけに家族がみな出かけてしまったために止める者がいなかったので、もう夕方が近づいているのにもかかわらず、山用に服装を改め、まるで何かに導かれるように私は山へと向かった。
 少し曇りがちなせいもあって、山にとりつくころにはもう辺りは既に薄暗く、今から登る人なぞまあ有るまいと思われたし、時間を考えれば登山の常識からは大きく逸脱していることも重々承知はしていたので、多少のためらいが無くもなかったが、まるで取り憑かれたように足は薄暗い山道をただひたすら登り始めていた。

 まだ木の葉が十分に散っていなかったので、葉が茂っているところでは既にもうそこここに夜が佇みはじめていた。 それでも、まだ足は引き返すことを忘れたまま上へ上へと登り続ける。 
 しかし、やはり体調が良くなかったからであろう。 息が次第に荒くなり、汗が激しく流れ、まるでこれが人生最後の山登りであるかの如く体が波打ちだした。 いまだ、この様な経験をしたことのないような苦しさに襲われつつも、やっとのことで、“いつも曲がり角”までやって来ると、崖に奇麗な野菊が寄り添うように咲いてこちらを向いているのが目に留まった。 しばらくそこに佇んで息を整えながら、薄暗闇にポッと浮かぶ白や、黄色のその可憐な花を眺めていると、妙に気持ちが安らいで、何故か急にここから帰ろうという気になった。

 下りは森の中が本当に暗く歩き辛くなっていた。 川が流れているところでは道の両側は既に真っ暗で全く何も識別できないようになっていたが、見上げれば空は辛うじて木の間隠れにうっすらと今日最後の明かりが残っていた。 それでも懐中電灯など点けなくても慣れた道でもあったし、別段怖いとも思わなかったので、川のせせらぎの音を聞きながら真っ暗な中を時々足を滑らせながらも転ぶことなく、ただ黙々と麓を目指して下った。
 そう言えば昔、信州の山奥の学生村で星明かりの下、真っ暗な夜道を棒切れで崖を突きながら歩いたことがあった。 道の2メートル程右には深い崖があり、何年か前この村の校長が落ちて亡くなったことを村の人から聞いてはいたが、さほど気にもせず棒切れでコツンコツンと左の崖を叩きながら満天の星空を愛でつつ小一時間程かかって自分の下宿先まで帰ったのだった。 この時以来、真っ暗な夜道も特別に気にならなくなっていたのだ。

 やっと里に着くと、視界が開けたからであろう、やはりまだ空には明るさが残っていたが、たっぷりと雲が空を覆っていたので夕焼けは無く、夜の帳が将に辺りを包もうとしていた。
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 村はずれを歩いていると、刈り取った藁を焚いているのであろう、白い煙が山里に棚引いている。 何故か時を忘れてしまいそうになるような原日本的な光景に寒さの増してきた風に吹かれながらも思わず立ちつくして見とれてしまった。
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 辻の地蔵堂に着いた。 こんなに暗くなってからこの前を通ったことがなかったので、不思議な光景に見とれてしまい、思わず1枚だけ写真を撮った。
  【PS】この写真にはちょっとした追加の話がある。
 この後、一足毎に夜が立ち籠めて、あっと言う間に辺りは夜に飲み込まれてしまった。

【PS】 なぜか里に近くなって暗い森の中を何処かで一羽のウグイスが鳴いているのに気がついた。 秋も深まってきたというのにウグイスとはどういうことだ。 しかも、こんなに暗くなっているのでなおさら不思議に思った。 家を出た時、近くの木の頂で百舌鳥がけたたましく鳴いていたのを聞き、秋だなあと思ったから尚のことそのように考えたのかも知れない。
 何枚か山で写真を撮ったが、どれもこれも暗く、これらに編集を加えるとあまりにも不自然な色になってしまうので山での写真は今回公表できるものはなかった。 それにしても、崖に咲く野菊は薄明かりの中ではあったが本当に可憐で美しかった。 いや、薄明かりであったからこそ、その美しさが際だち、それに打たれたのかも知れない。
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by usasho | 2007-11-10 23:09 | 日記
2007年 08月 09日

六道さん参り

 夏休みなって大学の図書館へ毎日通いだした。 ふとカレンダーを見れば今日9日は六道さん参りの日ではないか。 7時に大学を辞して松原通の六道珍皇寺(“ろくどうちんのうじ”と読む)へ向かう。 もう辺りは真っ暗であったけれど、迷いもせず足は私を寺まで連れて行った。 松原通にはいつものように夜店が出ているが、多少少なめなのはどうしたのであろうか?
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 門をくぐると参道の両側にもやはりお店が出ていて、善男善女の会話がにぎやかに飛び交っている。 閻魔堂の閻魔さんや小野の篁の木造が参詣者の一年間の行いを糺しながら私たちを見下ろしている横を足早に、はたして今年はどれくらいの人が並んでいるのであろうかと思いながら迎え鐘の最後尾を探すと、いるわいるわ!いつも以上の人々が東門からはみ出して狭い路地を延々北へ一丁余り並んでいるではないか! 
 まあ、それでも1時間ほどで順番が廻ってくるだろうとのんきに構えて行列の末尾に席を取った。 一歩また一歩ではあったが行列は確実に進み、その間、涼やかな風が路地を渡って本当に殊の外涼しく、「まるで極楽の扉が開いたようだ!」とよく母が言っていたのを懐かしく思い出す。
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 京都ではお盆にご先祖さんを「お精霊さん」(“おしょらいさん”と読む)と呼び慣わしており、京都人かどうかはこの言葉が会話に入っているかどうかでだいたい判断がつく。
 1時間もたたないうちに順番がやってきた。 ここの鐘は表からは見えず、お堂の中に隠れているために構造はよく分からないのであるが、ふつうの鐘と違い、手前に手綱を引くと鳴るようになっている。 したがって鐘を撞くと言いながら、実際は手前に綱を引くと鳴るのだ。 しかもそれが、結構力がいる! 赤い布が巻かれた綱を二度引いて無事鐘を鳴らすことができた。

 六道さん参りは京都では彼方此方で行われているけれど、この六道珍皇寺の鐘が夙に名を馳せているのにはそれなりの訳があるのだ。
 ここ鳥部野の辺りには昔からこの世とあの世を結ぶ道があり(六道の辻と言い習わされている)、小野の篁は昼は宮中へ出仕し、夜はあの世へと出向いて閻魔の庁にて業務を執り行ったと云われるスーパーマンで、この寺の中にある井戸を通っては日夜この世とあの世を行き来していたというのだ(子供達が横で聞いていると、きっとこう尋ねるにちがいない。「ネェそのおじちゃんは一体いつ寝るの?」って!)。 この井戸は今でもこの寺にあり、いずれはゆけるものの、一度先に這入らせていただいて、是非閻魔様に拝謁賜りたいものだと私は罰当たりにも常々想っている。
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 お堂を出ると、さんざめく夜店を左右に見遣りながら四条の方へと向かった。 途中で幽霊の飴屋(死したる母が、我が子を養うため、夜な夜なこの飴屋に飴を買いに通ったという)があり、飴を一袋買って帰る。 この飴は結構素っ気ない形をしているものの、なかなかのものでこれならば必ずや赤子も育ったであろうと想われる。

 昼間の疲れからであろうか、電車に乗ると、深い深い眠りに墜ちてしまい、あの世ならぬ大阪へと電車は私を運んでいったのである。

【PS】 くどいようではあるがこの幽霊の飴は美味しい。 癖のない、すっきりとした味わいが満艦飾の日常に慣れてしまった我々にとって、本当に不思議な味わいである。 口に入れていることさえ、つい忘れてしまうこの飴には、現代が忘れてしまいかけている味がしてならない。 げに、この飴ならば赤子も育つであろうが、もう少し小さくし、かつ、角を取ってやらないとい赤子には大きすぎるし、口の中に傷を付けてはならないから、と思うのだけど、それは年寄りの余計な詮索であろう。
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by usasho | 2007-08-09 23:02 | 日記