『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2007年 11月 10日

久し振りに山に登る

 異常な季節のせいもあったのであろう、この頃多少無理をしたために体調を崩してしまった。
 そのため、今日と明日の東京でのシンポジュームに出かける予定は泣く泣く取り止めになってしまった。 そのせいなのであろう、朝からどうも気持ちが落ち着かず、おまけに家族がみな出かけてしまったために止める者がいなかったので、もう夕方が近づいているのにもかかわらず、山用に服装を改め、まるで何かに導かれるように私は山へと向かった。
 少し曇りがちなせいもあって、山にとりつくころにはもう辺りは既に薄暗く、今から登る人なぞまあ有るまいと思われたし、時間を考えれば登山の常識からは大きく逸脱していることも重々承知はしていたので、多少のためらいが無くもなかったが、まるで取り憑かれたように足は薄暗い山道をただひたすら登り始めていた。

 まだ木の葉が十分に散っていなかったので、葉が茂っているところでは既にもうそこここに夜が佇みはじめていた。 それでも、まだ足は引き返すことを忘れたまま上へ上へと登り続ける。 
 しかし、やはり体調が良くなかったからであろう。 息が次第に荒くなり、汗が激しく流れ、まるでこれが人生最後の山登りであるかの如く体が波打ちだした。 いまだ、この様な経験をしたことのないような苦しさに襲われつつも、やっとのことで、“いつも曲がり角”までやって来ると、崖に奇麗な野菊が寄り添うように咲いてこちらを向いているのが目に留まった。 しばらくそこに佇んで息を整えながら、薄暗闇にポッと浮かぶ白や、黄色のその可憐な花を眺めていると、妙に気持ちが安らいで、何故か急にここから帰ろうという気になった。

 下りは森の中が本当に暗く歩き辛くなっていた。 川が流れているところでは道の両側は既に真っ暗で全く何も識別できないようになっていたが、見上げれば空は辛うじて木の間隠れにうっすらと今日最後の明かりが残っていた。 それでも懐中電灯など点けなくても慣れた道でもあったし、別段怖いとも思わなかったので、川のせせらぎの音を聞きながら真っ暗な中を時々足を滑らせながらも転ぶことなく、ただ黙々と麓を目指して下った。
 そう言えば昔、信州の山奥の学生村で星明かりの下、真っ暗な夜道を棒切れで崖を突きながら歩いたことがあった。 道の2メートル程右には深い崖があり、何年か前この村の校長が落ちて亡くなったことを村の人から聞いてはいたが、さほど気にもせず棒切れでコツンコツンと左の崖を叩きながら満天の星空を愛でつつ小一時間程かかって自分の下宿先まで帰ったのだった。 この時以来、真っ暗な夜道も特別に気にならなくなっていたのだ。

 やっと里に着くと、視界が開けたからであろう、やはりまだ空には明るさが残っていたが、たっぷりと雲が空を覆っていたので夕焼けは無く、夜の帳が将に辺りを包もうとしていた。
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 村はずれを歩いていると、刈り取った藁を焚いているのであろう、白い煙が山里に棚引いている。 何故か時を忘れてしまいそうになるような原日本的な光景に寒さの増してきた風に吹かれながらも思わず立ちつくして見とれてしまった。
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 辻の地蔵堂に着いた。 こんなに暗くなってからこの前を通ったことがなかったので、不思議な光景に見とれてしまい、思わず1枚だけ写真を撮った。
  【PS】この写真にはちょっとした追加の話がある。
 この後、一足毎に夜が立ち籠めて、あっと言う間に辺りは夜に飲み込まれてしまった。

【PS】 なぜか里に近くなって暗い森の中を何処かで一羽のウグイスが鳴いているのに気がついた。 秋も深まってきたというのにウグイスとはどういうことだ。 しかも、こんなに暗くなっているのでなおさら不思議に思った。 家を出た時、近くの木の頂で百舌鳥がけたたましく鳴いていたのを聞き、秋だなあと思ったから尚のことそのように考えたのかも知れない。
 何枚か山で写真を撮ったが、どれもこれも暗く、これらに編集を加えるとあまりにも不自然な色になってしまうので山での写真は今回公表できるものはなかった。 それにしても、崖に咲く野菊は薄明かりの中ではあったが本当に可憐で美しかった。 いや、薄明かりであったからこそ、その美しさが際だち、それに打たれたのかも知れない。
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by usasho | 2007-11-10 23:09 | 日記


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