『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2007年 08月 21日

大きな土団子と狛虎

 これは何だろうか?という疑問はどうやらほぼ一斉に起こるらしいゾ!

 先日法事で京都を訪れ、その後、久しぶりに京の町を散策した。 東山法然院へ立ち寄った時、大きな石の塔の陰になにやら我が目を疑うような妙なものがのぞいており、一瞬頭の中が白くなった。
 こりゃ、一体何だろうか??? 12個の夏蜜柑のような大きさのまあるい球が串刺しのようにされて古びた木の台に突き刺さっており、どうやらその下の地面へと固定されているようだ。
 熱心に探してみたものの、全く何の説明も見当たらず、辺がスッキリと掃き清められている分だけ余計にかえってより一層怪しさが増してきた。 辺りをうろうろしながら待ってはみたものの、坊さんらしき人や、お寺の関係者はおろか猫の子一匹さえも出てくる気配がなく、仕方がないので、その前に立って素直な目で見ていると、どう見ても普通の芸術作品にしか見えないのだけれど、いやいや、ここはお寺なのだから、なにやら“秘密の一ひねり”がきっと有るにちがいなかろう!?などとひねくれたことを考え続けたけれど、結局誰一人関係者を見付けることが出来なかったものだから、渋々、取り敢えず写真だけを撮って、お寺を退散することにした。
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 それから一週間後、我々の寺(大阪天王寺区寺町)では施餓鬼の法要が行われ、その帰りに一人愛染さん(同夕陽丘町)の塔を見に出かけ、そのあと、日本橋へ行くために近くの大江神社を久しぶりに通りかかると、ここにはなんと狛犬ならぬ狛虎があるゾ!との表示を見付けた。 好奇心がムクムクと湧き、寄り道してみれば、こりゃまた何だ!っと、思わず目を見張るものがご鎮座遊ばしていたのであった。
 見れば、かなり年代物の(まさしく)虎が、なにやらもの言いたげに口を開き、チラリとこちらを見ている。 形から言っても確かに“狛虎”の片一方に間違いなかろう。 さらによく見ると、どうやら違鷹羽の紋所が土台側面に半分残っていることから、武家がこれを造らせたのではないかとも思われるが、しかし、何故犬ではなく虎なのであろうか、何故右側だけで、左側が無かったのかという疑問が残った。
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 しかし、これもまた、よく分からぬままに先が急がれたので、取り敢えず写真だけは撮っておいて、日本橋へと急いだ。
 たまたまその夜更けてネットで調べ物をするほんのちょっとしたついでに(?)いろいろと寄り道をしていると、なんと、これら二つの“何だろうか?”が共に既に取り上げられていて、論評を受けているではないか!
 いつまでこれらのサイトがあるか不明であるが、ともかくはリンクを張ってみよう!
1)法然院 緑陰に数珠か団子か土供養(2007年06月22日朝日新聞ネット版:連載ピンホールの目)
2)大江神社の狛虎(大阪市)(2007年07月05日朝日新聞ネット版:連載勝手に関西世界遺産)

 朝日新聞のこの二つの記事で私の拙い疑問は見事氷解したのである。
 まず、法然院の団子の方は、「陶芸家の中野亘さんが土の供養のために制作、貫主がここに配置した」ということから、どうやら12個の球とは「南無阿弥陀仏」を二度唱えたという意味を数珠に託してこのイメージが創造されたのであろう。

 また、大江神社の狛虎は江戸期にここにあった毘沙門天のお堂があり、それを守護をするためにこの虎が犬に代わってここに鎮座することになったのだというのだった。 その後、お堂が取り壊されてしまい、狛虎だけになり、さらに不幸なことには相棒の吽形が何処かへ連れ去られ、独りぼっちになり所在なくここに座り続け、阪神タイガースが躍進するまでただひたすら耐えて待たねばならなかったのである。(待った甲斐あって、阪神の躍進と共に、相方は最近新しく復元されたけれど、お堂は復元されず、未だにただひたすら主のお帰りを待つ日々が続いているのである!) しかし、よく見ると、愛嬌たっぷりの、実にかわゆい虎ではないか!
 (注:神仏分離令が明治になって猛威をふるったことがこの虎の不幸の始まりで、肝心なことは虎が毘沙門天の使いだったことが狛虎になった所以だというのが、今回のミソであった。)

 私としては、上記の理由にいたく納得はしたものの、これは何だろうか?という疑問はどうやらほぼ一斉に起こるものらしいということが、なにやら不思議でならなかった!

 本当に、辺りを見回してみれば、いろいろと面白いことがいっぱいあるものだ!
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by usasho | 2007-08-21 00:17 | 歩き回って


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