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『犬も歩けば棒に当たる』 ~辺りを見回してみよう!面白いことがいっぱいあるぞ!~

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2006年 04月 25日

神様のお家

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 アニメ『千と千尋の神隠し』の冒頭でチラッと現れて千尋が母親に「あれはなあに」と聞くと、母は「神様のお家よ」と答える場面がある。 ここ、岡山県の倉敷市、どちらかといえば旧の吉備郡庄村下庄にはこのような“神様のお家”が今でも祀られている。 この辺りは多くは真言宗の高野山派の信徒が多い地域である。 多くの祠は総て丁寧に祀られて連綿と今に息づいているのだ。
 この写真の祠のいわれは、できものの神様のお住いだそうで、人家と離れた川の畔の道ばたの立木の下に祀られている。位置は木の南側。(以前は北側に、道に面して北向きに置かれていた。従って、今は木を挟んで道の反対側、南向きにある。)
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 この祠は水の神を祀ったもので、同派寺院の入り口の井戸の辺に祀られている。位置は北向き。
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 この祠は、近くの民家の庭にある屋敷神の祠で三つの祠が東向きに二軒、南向けに一軒がその庭の中に祀られている。

 これらの祠は、ある一定の精神的世界を地域全体で共有することで、それぞれの祠の社会的地位が形成され、地域の一定の社会的行為に一定の意味が付与される。 そのために、これらの祠の製作が一定の社会的需要を持つと共に、この精神的世界の共有によって特徴づけられた生きた社会的規範は地域の構成員によって生きた社会的行為として、その歴史的世界において現象することになる。

【PS】 今日聞いた話だが、鯉が川が溢れてきて田んぼの中に流れ込んでしまうことがあったが、鯉は元の川に帰るためには畦の上に飛び上がり元の川の方に向かって飛び跳ねなければならないということを理解しているのだそうだ。 命がけのこの行為は時として不幸な結末も用意されているようだが、おおむね鯉は元の川へと辿り着くという。 鯉に限らず動物の知恵だといって、彼等を決してあなどってはならないと教えられた。 

by usasho | 2006-04-25 22:10 | 歴史の証人


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