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2010年 12月 11日
先日この橋にさしかかると、三羽のカラスが時ならぬ鳴き声で騒いでいた。 その内、一斉に飛び立つと、川の畔の木の上を飛び交いだした。 よく見ると、一羽の小鷺が電線に留まっており、それを追い払おうとして攻撃をしているのである。 そのうちたまりかねた小鷺は飛びたっていったが、カラスたちはなかなな鳴き已むどころか、小鷺の後を追い掛けだした。 その後どこまで追い掛けたのかは不明であるが、縄張りのいざこざであろうか、鳥の世界もなかなか住みにくそうである。 ![]() この写真は、後日、同じ小鷺かどうか分からないが、一羽の小鷺を同じ電線に見かけたので撮っておいたものである。 この時は、カラスたちは留守であったのであろう。 この小鷺はのんびりと日を浴びて水面を眺めながら、電線の上で休らうていた。 More 2009年 12月 06日
![]() とうとう冬がやってきた。 玉串川沿いの木々も一枚、また一枚と一夜毎、北風毎に葉っぱを通路や河面に散り敷いてゆく。 しかし、この木だけが何故か、頑なに赤く染まった葉っぱを付けたままになっている。 最後の一枚でなく、最後の一本だけと言うところが良い! だが、この一本も何時かはその葉っぱを手放す時がやってくる。 毎朝、この紅葉をチラッと見て、駅に急ぐ。 この木から赤くなった小さな葉っぱが風に舞う時はきっと雪でも降ってくるのであろうか。 2009年 11月 08日
![]() 何気ない、見慣れた光景にふと立ち止まるとき、巡る季節の風情に驚かずにはいられない。 本当に、つい先程見たような気がした桜花の下のさんざめきが、もう葉に色を付けて一枚、一枚と舞い落ちようとしているのだ。 そう言えば朝日が昇るのも遅くなったし、夕暮れが辺りを覆うのも早くなった。 北の方からは降雪の便りも聞いた。 珍しくなったとはいえ、一度くらいはこの辺りにも雪が舞うのであろう。 寒い川の中を小鷺が食べ物を探して足で泥の中をしきりに探るように歩くのももうすぐだ。 近頃はこんな何でもない光景を、あるがままに素直に眺めることが出来るようになった。 年のせいなのであろうか。 今年の春から取り組んできた仕事があり、しばらくの間、ネットをお休みしていた。 ところが、いざ再開しようとすると、大切な暗号を忘れてしまい、入力サイトを開くことが出来なくなったのです。 奮起して、家捜しの末、やっとの事でヒントを見付け、必死の探索の末やっと暗号を取り戻しました。 2009年 05月 06日
![]() 蕾をつけた木々が早朝の風に揺れている。 ただ、彼等をじっと眺めているだけで、みょうにこの胸騒ぎがするのは一体何故なのだろうか。 ![]() 風も無く穏やかな早朝、斜め投げ掛ける光の中で、一斉に開き始めた花達が静かに休らう。 この静謐な朝の一時を楽しむべし。 ![]() 彼等をただ眺めているだけで、もうこれ以上の言葉を継ぐ必要が無くなる。 花はただただ語らずに眺めるべし。 爛漫たる花々の声をただただ聞くべし! ![]() 一時の宴が済むと、辺りは装いを一変させる。初々しい若葉が朝の光を気怠そうに受けてそよぐ。 毎年めぐるこの花達との対話を今年も交わすことが出来た喜びは、またひとしおで目をつむりゆっくりとかみ締めて味わってみる。 しみじみとした時の流れが私の周りをひとしきり巡って、辺りを飛ぶように駆け巡る。 しばらく休筆しておりました。 体調も一段落。 おまけに本業が忙しく、ついつい後回しにしていたら、もう一年も経ってしまったのですね。 2008年 05月 11日
一気に読み進んできて、ここで私の目が止まった。 以下引用。 “… 「またパリに来て。 私は日本に行けないし」とアンヌが言った。 泣きながら手を振って答えた。 ウィ、そうだね。 また来るよ。 人生の中で一番、いろんなことを学んだ場所だから。” (p.239、「さよならのエスプレッソ」より) ![]() なんという羨ましい言葉なのだ! この一言に著者が経験した2年間の全てが込められている! 素晴らしい経験というものは、人生を豊かにしてくれる。 この本はそれを遺憾なく読者に語りかけてくるのだ。 しかも、若いうちにそれを経験することの意味を行間に込めてである。 本当に、得難い経験というものは一生付き合って励まし続けてくれる一番の応援団なのだから! おそらく彼女の人柄なのであろう。 うまい文章はあっという間に一気に裏表紙までめくらせ、ページごとに彼女の経験を追体験して私の気持ちを膨らませた。 しかも、なぜかページが進む僅かな時間の間に少々体型も変化したような気分にさせるオマケまでつけてである! (しかし、他方で、何かを食べ損ねたような淡い言葉にならない不満も一方で鬱積してくるのだけれど、こちらのほうは自分で菓子屋に走って行って癒されねばなるまい!) ![]() 嵯峨野、二尊院と清涼寺のあいだにあるmomi cafeまでバスから降りて到着するのに時間は掛からなかった。(高校生の折、大学の懸賞論文の執筆にこのあたりを夏休みの間、まる一月歩き倒した経験が、こんな時に生きたのだ!) momi cafeは遠くからもすぐにそれと分かった。 中に入ると上品な奥様がコーヒーをたてておられたが、おそるおそる、しかしせっつくように”彼女のサイン本がまだ有るかどうか”を尋ねた。 笑顔を返して指さされた方を見ると、窓際に4冊がチョコンと小さなテーブルの上に載っている。 恥をかなぐり捨てて“一番サインが大きくて綺麗な1冊”をget! 運ばれてきたコーヒーと、お気に入りのチョコレートケーキにフォークを突き刺しながら読み始める。 ふと気がつくと、年甲斐もなく、我を忘れて喫茶店の中で読み耽ってしまっていた。 “そうだ、この後、時間までに行かねばならない用事があったのだ!” 慌てて(しかし、外見上は落ち着いた形を装って)店を転がり出ると、うまい具合にバスが来て、東山の麓まで走り抜き、何とかセーフ! その間も続きを読み耽り、用事が済んで大阪へ帰る電車の中でも続きに目を走らせた。 その晩読み終えると、ふと思った。 普通、サインは前の見開きにするもので、後ろの見開きにサインをされたのを私は今回初めて見た。 そういえば、momi cafeでどの本を開いても、見開きに何もなかったので「ああ、サイン本は売り切れてしまったのだ!」と一瞬嘆いたことを思い出した。 しかし、つぎに多田さんは珍しく、本当は心優しい人柄なのだからだと思った。 1冊だけ小さな文字で、そっとサインされた本があったことが、今、妙に気に掛かった(私は無遠慮にも大きな字のサインを探しまくったのに!)。 どうか、この楽しい本がいっぱい売れて、多くの若い方々に勇気が伝染してゆきますように! ありがとう、面白かったよ、多田さん! 【PS】 『パリ 砂糖漬けの日々 ル・コルドン・ブルーで学んで』 著者:多田千香子 2007年7月30日 文芸春秋社発行 2008年 04月 12日
バタバタしている内にあっという間にもう(?)4月だって! 別にボーとしていた訳じゃないんですよ! でもね、正月以来、写真以外の更新ができなかったので、改めてここに書き込んでいると、無性に気恥ずかしさがムクムクと膨らんでくるんです。 先般アメリカの渡辺千賀さんが4月7日のサイトで“lower-stress bloggers”という話をされてましたよね! 私なぞはさぞかし脳天気な“lowest-stress bloggers”の最たるものでしょう! (*^_^*)! 本当に贅沢の極みです!(オイ、オイ!変な自慢をせずに、正直に“私の我儘で”と書けョ!←天の声) ![]() それにしても、今年位、春がビシッと決まった年はなかったよね! 私のようなものぐさでもいそいそと夜櫻を見に出かけ、山里へと春を見付けに飛んで行ったんだから! ![]() 本当に普段見慣れた景色も、そこにただ花を添えるだけで、この世ならざる世界へと昇華してゆく。 ![]() 山の上からも花が窓となって別の下界が向こうに見えてくる。 ![]() げに、山は花霞を得て笑い出し、 ![]() 川は花を得て歌い始め、見渡す限り神が懸かり、神名備た世界がひととき降臨するが、花片が納めの舞を奉納し始めると、少しずつこの世が戻ってくる。 ![]() 額の汗を拭いながら山道を登り、ふと足を止めて振り返った時、目の当たりに咲き誇る櫻主が刹那をおかず我が魂と融け合うのを覚えた! そして、今日のこの日に、生きてこの花と出会えたことへの言い知れぬ喜びと、そよ風の中をたゆたう花弁への言葉には成らない切なさとが、潮のごとくぶつかっては押し寄せ、引いてはまた押し寄せて、柔らかな春の日差しのもと、佇み尽くす私をただただ溺れさすのだ! ![]() 『尋常小学読本唱歌』 春が来た (作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一) 一 春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た 二 花が咲く 花が咲く どこに咲く 山に咲く 里に咲く 野にも咲く 三 鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く 山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く 2008年 01月 01日
新年明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い申し上げます。 ![]() 新玉の年を迎え、家族集いて杯をあげ、雑煮を食す。 昼過ぎ、昨日買い求めし菊屋の葩餅(はなびら餅、或いは花弁餅)を頂き、内が点てし茶を、家族で心静かに代わる代わる味わった。 菊屋の葩餅(私はこの漢字が花弁餅と書くよりも好きだ)を正月に味わうのは本当に久しぶりである。 今は亡き両親がことのほか愛で、また、私もそこかしこの名だたる菓子舗が丹誠込めた様々な葩餅を頂いてはみたが、この菊屋の葩餅を抜くものには未だにお目にかかったことがない。 関西の和菓子職人にとって、この葩餅は特別な位置を持つ。 式三番の翁のごとく、文字通り新玉の年の初めに口に入れて身を引き締め、味わいつつこの一年を共に言祝ぐに相応しいものである。 晴れ着をまとい、己に向き合って気持ちを引き締める。 心静かに葩餅に黒文字を入れ、愛用の茶碗にて茶を点てて味わい、心ばかりの正月というものを祝った。 事情があり、一日早いのであるが、これが拙宅の本年の出陣式であった。 【PS】 昨年後半は、年末をのぞいて体調はまあまあであった(年末に背中の腱がブチッという音と共に切れ、そのあげく腰痛をも併発し、這うような毎日をいまだに送っている)が、時間と機会がある限り図書館と研究会へせっせと顔を出したため、ブログから頭が遠のいてしまった。 不悪。 今年は面白いことが出来るといいな、と思いながら新年を迎えたのであるが、なにやらそこはかと頭痛がし、微熱を感じるのは、どこぞで無粋なウイルスに惚れられてしまったからであろうか? 2007年 11月 10日
異常な季節のせいもあったのであろう、この頃多少無理をしたために体調を崩してしまった。 そのため、今日と明日の東京でのシンポジュームに出かける予定は泣く泣く取り止めになってしまった。 そのせいなのであろう、朝からどうも気持ちが落ち着かず、おまけに家族がみな出かけてしまったために止める者がいなかったので、もう夕方が近づいているのにもかかわらず、山用に服装を改め、まるで何かに導かれるように私は山へと向かった。 少し曇りがちなせいもあって、山にとりつくころにはもう辺りは既に薄暗く、今から登る人なぞまあ有るまいと思われたし、時間を考えれば登山の常識からは大きく逸脱していることも重々承知はしていたので、多少のためらいが無くもなかったが、まるで取り憑かれたように足は薄暗い山道をただひたすら登り始めていた。 まだ木の葉が十分に散っていなかったので、葉が茂っているところでは既にもうそこここに夜が佇みはじめていた。 それでも、まだ足は引き返すことを忘れたまま上へ上へと登り続ける。 しかし、やはり体調が良くなかったからであろう。 息が次第に荒くなり、汗が激しく流れ、まるでこれが人生最後の山登りであるかの如く体が波打ちだした。 いまだ、この様な経験をしたことのないような苦しさに襲われつつも、やっとのことで、“いつも曲がり角”までやって来ると、崖に奇麗な野菊が寄り添うように咲いてこちらを向いているのが目に留まった。 しばらくそこに佇んで息を整えながら、薄暗闇にポッと浮かぶ白や、黄色のその可憐な花を眺めていると、妙に気持ちが安らいで、何故か急にここから帰ろうという気になった。 下りは森の中が本当に暗く歩き辛くなっていた。 川が流れているところでは道の両側は既に真っ暗で全く何も識別できないようになっていたが、見上げれば空は辛うじて木の間隠れにうっすらと今日最後の明かりが残っていた。 それでも懐中電灯など点けなくても慣れた道でもあったし、別段怖いとも思わなかったので、川のせせらぎの音を聞きながら真っ暗な中を時々足を滑らせながらも転ぶことなく、ただ黙々と麓を目指して下った。 そう言えば昔、信州の山奥の学生村で星明かりの下、真っ暗な夜道を棒切れで崖を突きながら歩いたことがあった。 道の2メートル程右には深い崖があり、何年か前この村の校長が落ちて亡くなったことを村の人から聞いてはいたが、さほど気にもせず棒切れでコツンコツンと左の崖を叩きながら満天の星空を愛でつつ小一時間程かかって自分の下宿先まで帰ったのだった。 この時以来、真っ暗な夜道も特別に気にならなくなっていたのだ。 やっと里に着くと、視界が開けたからであろう、やはりまだ空には明るさが残っていたが、たっぷりと雲が空を覆っていたので夕焼けは無く、夜の帳が将に辺りを包もうとしていた。 ![]() 村はずれを歩いていると、刈り取った藁を焚いているのであろう、白い煙が山里に棚引いている。 何故か時を忘れてしまいそうになるような原日本的な光景に寒さの増してきた風に吹かれながらも思わず立ちつくして見とれてしまった。 ![]() 辻の地蔵堂に着いた。 こんなに暗くなってからこの前を通ったことがなかったので、不思議な光景に見とれてしまい、思わず1枚だけ写真を撮った。 【PS】この写真にはちょっとした追加の話がある。 この後、一足毎に夜が立ち籠めて、あっと言う間に辺りは夜に飲み込まれてしまった。 【PS】 なぜか里に近くなって暗い森の中を何処かで一羽のウグイスが鳴いているのに気がついた。 秋も深まってきたというのにウグイスとはどういうことだ。 しかも、こんなに暗くなっているのでなおさら不思議に思った。 家を出た時、近くの木の頂で百舌鳥がけたたましく鳴いていたのを聞き、秋だなあと思ったから尚のことそのように考えたのかも知れない。 何枚か山で写真を撮ったが、どれもこれも暗く、これらに編集を加えるとあまりにも不自然な色になってしまうので山での写真は今回公表できるものはなかった。 それにしても、崖に咲く野菊は薄明かりの中ではあったが本当に可憐で美しかった。 いや、薄明かりであったからこそ、その美しさが際だち、それに打たれたのかも知れない。 2007年 09月 19日
出かける前に好奇心さえポケットに入れ忘れなかったならば、ワクワクするような面白い出来事にいっぱい出会うことができる。 好奇心に手を引っ張られ、背筋をピーンと伸ばして街や野山を歩こう。 いろんなものが周辺からいっぱい声を掛けてくる。 今まで見たことのないものから、見ていても気が付かなかったことまで、見渡せば面白いものや、何だろうと思うものがいっぱい周りから駆け寄ってくるのだ。 ![]() 東大寺の大仏殿に女の子達がやって来た。 思い思いの服装をしてあっちを見たり、こっちに集まったりとキョロキョロうろうろしながら、本当に楽しくてたまらないようだ。 そんな楽しそうな彼女たちのさんざめきがフッと止まった瞬間、彼女たちは門に並んで一斉に写真を撮りだした。 みんなでピーンと背筋を伸ばし、デジカメを構えた彼女たちの後姿にはそれを見ている者まで浮き浮きさせてくれる何ものかがある。 きっと、今朝から面白いものがいっぱい見つかったのだろう、みんなの目がクリクリと輝き、言葉までが辺りを走り回っている。 この楽しい青春の一齣に幸よ多かれ! ![]() 今日はとってもよい天気で、少し動くと汗が噴き出してくる。 この門に立っているとまるで極楽から風が通って来ているようで本当に涼しく、少し長居して心地よい極楽の風を楽しんだ。 この大仏殿の門前を守護する阿吽の像のうち吽形像は足下に天女を踏みつける兜跋毘沙門天である。 多くの仁王像はその足下に邪鬼の像を踏み敷くが、この像だけは清浄無垢な天女様を踏みつけているために、多くの人々はその意外性と、天女様への同情心が合体してこの毘沙門様の前にしゃがみこみ、その足下を覗き込むことになる。 さっきの子等がここでもしゃがみ込んで柵の中を覗き込み、毘沙門様のことはそっちのけで、もっぱら足下の気の毒な天女様だけが彼女達の話題をすっかり独り占めしてしまった。 後ろから拝見していると、「こりゃ!何をゴジャゴジャ言うておるのじゃ、主役はこのワシじゃゾ!ワシ!私の方を見んか!」とばかり眦をつり上げて下を睨み付ける毘沙門様が妙にいたわしく、かついじらしくも見えてくる。 ![]() 帰りに南大門を通ると修学旅行の生徒がワアワアと門の真下に集まってきた。 案内のガイドが声を嗄らしてハンドマイクから身振り手振りで得意の歴史解説を一席ぶっているが、生徒の方はといえば、お構いなしにキョロキョロと近くを飛び回り、それぞれが既にもう面白いものを探し出していた。 何十年か前にこんなこともあったっけ、と思うと無性に懐かしく、一時を彼らとご一緒させていただいた。 Vサインを出す反った指がこの子達の今日の楽しさを十分に伝えてくれる。 楽しい思い出をいっぱい創ってお帰り!とつぶやきながら、ちょっと迷惑そうな顔をして振り返る鹿達の頭を撫で撫で興福寺の方へと向かった。 歩いていると、野を渡る風に乗って、鹿達のいつものニオイがプンとした。 【PS】 奈良に行くと一度は鹿煎餅をやってみたくなる。 煎餅売りのおばさん(昔から煎餅売りはおばさんが多い)から煎餅を受け取ると、それまで知らん振りをしていた鹿が途端に津波のように押し寄せてくる。 頭突きはする、舐め回す、足で脅す、体当たりするなど、あらゆる手段を尽くして彼等は煎餅を強奪しにやってくるのだ。 ある人が言うには、鹿はきっと所有権というものを理解しているというのだ。 おばさんの煎餅入れに煎餅が入っている間は絶対に手出しが出来ないが、観光客がお金を払って煎餅を受け取るとおばさんから煎餅の所有権が移動して鹿が取っても良いものに変わるということを彼等はきっと理解しているにちがいない、というのだ。 だから、客が煎餅を買うまでは知らん振りをしていても、金を払った瞬間に、否、財布を持ち上げた瞬間に彼等は一斉に反応するのだそうだ。 鹿は一体どこで経済学や法学を習ったのか知らないが、正鵠を得てはいないものの、その解釈の面白さに聞いていて思わず笑ってしまった。 2007年 09月 15日
十三峠へ登る道には何カ所か木々が生い茂って昼なお暗い処がある。 それでも夏にはまだ7時前であれば何とか歩いて歩けないことは無いのだけれど、さすが9月も半ばを過ぎる頃には急に日が短くなり、5時でも多少足許が覚束ないことがある。 ましてや、現在、台風が東シナ海を北上中のため、今朝から雲が走って頃合いがつかめず、ぐずぐずと決めかねていたために今日は登り始めるのが遅かったから、暗くなりかけて慌てて山を下りだした。 案の定、不思議な沼池がある辺りまで下りて来ると、既に夜の帳がそこここにたむろし始めており、急な坂に気を配りながら下り始めると、急に雲が割れたのであろうか、夕べの太陽が最後の一条の光を木々の間からこちらへと投げて寄こした。 ![]() 余りにも密生したためであろう、幾分かの木々が地元の人々によって透かれていたため、光の通りが良くなったのだ。 太陽が西へと急ぐために、夕べのまったりとした光に照らされて木々がまるでスローなインド舞踊を見るようにゆったりと踊っているように見える。 何という怪しくも艶めいた姿ではないか。 夏の盛りにはあんなに鳴いて止まなかった沼の牛蛙がどういう訳か今日は全く水音一つあげない。 静まりかえり、夕べの闇が辺りに居並ぶ中で、輝く木々の怪しい踊りだけが目の前に浮かんでいる不思議な光景に私の目は釘付けになり鳥肌だった。 【PS】 暗くなった池の端に一匹の猫がポツンと佇んで、池を所在なさげにただジッと見ている。 呼んでみたが、チラッとこちらに一瞥をくれただけで、相変わらず端正にチョコンと座ったまま、ただぼんやりと池に目を遣っている。 魚でも捕まえるにしては、全くそのようなそぶりも見せないし、また、それにしてはもう既に暗くなりすぎているように思う。 かといって、この猫がなにかを思い詰めて自殺しそうにも、また思えない。 しかし、先程、こちらを向いた時にチラリと見せたもの悲しい瞳から、人である私には推し量ることが出来ないような哀しい出来事があったのであろうか、などとも考えた。 ものも言わず、ただ押し黙って池を眺め続ける小さな姿が妙に愛おしく気に掛かるが、もういくら呼んでもこちらを振り向いてはくれなかった。 少しずつ辺りから色が失せ始め、池畔に佇む小さな猫のまあるい背中もだんだんと闇の中へと溶けてゆく。 後ろ髪が引かれたのだけれど、にじり寄ってくる闇達に追い立てられるようにして、トボトボと一人、私は山道を下っていった。 2007年 09月 07日
![]() 帰宅して、身支度を改め部屋のハンガーを取ろうとすると壁からなにやらゴソゴソと這い出てきた。 よく見ればいつものヤモリ君(?君かどうかは実は定かではなく、便宜上そう言っておく)だ。 また這入ってきたんだね! っと言って彼を表につまみ出した。 彼は別に何も悪いことはしないのだけれど、家族が誤って踏みつぶしては可哀想だからだ。 何故かこのヤモリ君は追い出しても追い出しても我が家に入り込んでくる。 ひょっとして我が家は掃除でも悪くて虫等が多いのだろうか?それとも彼が我が家を好いてくれているのだろうか?などとふと思ってしまうのだけれど、彼は何処からか分からないが僅かな隙間を通ってまたもや入り込み、知らない間に我が家の一員になっている。 ![]() ジッと眺めていると、愛嬌のある目をクリクリさせてジッとこちらを見ているのだけれど、なにせ、まだ子供で小さく、運動神経が大人ほどではないので下手をすると家族が慌てて踏みつぶしてしまいかねない。 寝ようと思い、ふと窓の外を見ると、彼がガラス戸の向こうでしきりに虫を追っている。 部屋の中から彼をいろいろと撮影してみた。 足の裏の構造がそれとなく見え、よくあんなものでガラス戸の上を素早く移動できるものだと改めて感心する。 一生懸命に動き回る彼を見ていて、今、電気を消すと怒るだろうか?などとつまらぬ事を考えた。 ![]() それにしても見れば見るほど彼は愉快だ。 彼の尻尾の動きが、彼の微妙な気持ちを代弁しているように思え、虫を追っているその姿が実にいじらしいのだ! しかし、いつまでも彼と一緒に夜更かしをするわけにもゆかないので、ヤモリ君ごめんねと言いながらソッと電気を消して一目散に寝床へと逃げ去った。 【PS】 ちかごろあちこちの飼い猫(もちろん余計なことで、他所様の猫の話であるが)が結構太っているように思う。(正直言って、あれは猫ではない! 実に可哀想なくらい猫が猫をもてあましている!) それに比べれば、巷で見掛ける野良猫たちは概ねより一層痩せてゆき、骨皮さんになっていることが多いように見受ける。 何かがおかしいのではないか! これは絶対に猫の飼い主の方に何か問題があるのではなかるまいか!?! 2007年 08月 21日
これは何だろうか?という疑問はどうやらほぼ一斉に起こるらしいゾ! 先日法事で京都を訪れ、その後、久しぶりに京の町を散策した。 東山法然院へ立ち寄った時、大きな石の塔の陰になにやら我が目を疑うような妙なものがのぞいており、一瞬頭の中が白くなった。 こりゃ、一体何だろうか??? 12個の夏蜜柑のような大きさのまあるい球が串刺しのようにされて古びた木の台に突き刺さっており、どうやらその下の地面へと固定されているようだ。 熱心に探してみたものの、全く何の説明も見当たらず、辺がスッキリと掃き清められている分だけ余計にかえってより一層怪しさが増してきた。 辺りをうろうろしながら待ってはみたものの、坊さんらしき人や、お寺の関係者はおろか猫の子一匹さえも出てくる気配がなく、仕方がないので、その前に立って素直な目で見ていると、どう見ても普通の芸術作品にしか見えないのだけれど、いやいや、ここはお寺なのだから、なにやら“秘密の一ひねり”がきっと有るにちがいなかろう!?などとひねくれたことを考え続けたけれど、結局誰一人関係者を見付けることが出来なかったものだから、渋々、取り敢えず写真だけを撮って、お寺を退散することにした。 ![]() それから一週間後、我々の寺(大阪天王寺区寺町)では施餓鬼の法要が行われ、その帰りに一人愛染さん(同夕陽丘町)の塔を見に出かけ、そのあと、日本橋へ行くために近くの大江神社を久しぶりに通りかかると、ここにはなんと狛犬ならぬ狛虎があるゾ!との表示を見付けた。 好奇心がムクムクと湧き、寄り道してみれば、こりゃまた何だ!っと、思わず目を見張るものがご鎮座遊ばしていたのであった。 見れば、かなり年代物の(まさしく)虎が、なにやらもの言いたげに口を開き、チラリとこちらを見ている。 形から言っても確かに“狛虎”の片一方に間違いなかろう。 さらによく見ると、どうやら違鷹羽の紋所が土台側面に半分残っていることから、武家がこれを造らせたのではないかとも思われるが、しかし、何故犬ではなく虎なのであろうか、何故右側だけで、左側が無かったのかという疑問が残った。 ![]() しかし、これもまた、よく分からぬままに先が急がれたので、取り敢えず写真だけは撮っておいて、日本橋へと急いだ。 たまたまその夜更けてネットで調べ物をするほんのちょっとしたついでに(?)いろいろと寄り道をしていると、なんと、これら二つの“何だろうか?”が共に既に取り上げられていて、論評を受けているではないか! いつまでこれらのサイトがあるか不明であるが、ともかくはリンクを張ってみよう! 1)法然院 緑陰に数珠か団子か土供養(2007年06月22日朝日新聞ネット版:連載ピンホールの目) 2)大江神社の狛虎(大阪市)(2007年07月05日朝日新聞ネット版:連載勝手に関西世界遺産) 朝日新聞のこの二つの記事で私の拙い疑問は見事氷解したのである。 まず、法然院の団子の方は、「陶芸家の中野亘さんが土の供養のために制作、貫主がここに配置した」ということから、どうやら12個の球とは「南無阿弥陀仏」を二度唱えたという意味を数珠に託してこのイメージが創造されたのであろう。 また、大江神社の狛虎は江戸期にここにあった毘沙門天のお堂があり、それを守護をするためにこの虎が犬に代わってここに鎮座することになったのだというのだった。 その後、お堂が取り壊されてしまい、狛虎だけになり、さらに不幸なことには相棒の吽形が何処かへ連れ去られ、独りぼっちになり所在なくここに座り続け、阪神タイガースが躍進するまでただひたすら耐えて待たねばならなかったのである。(待った甲斐あって、阪神の躍進と共に、相方は最近新しく復元されたけれど、お堂は復元されず、未だにただひたすら主のお帰りを待つ日々が続いているのである!) しかし、よく見ると、愛嬌たっぷりの、実にかわゆい虎ではないか! (注:神仏分離令が明治になって猛威をふるったことがこの虎の不幸の始まりで、肝心なことは虎が毘沙門天の使いだったことが狛虎になった所以だというのが、今回のミソであった。) 私としては、上記の理由にいたく納得はしたものの、これは何だろうか?という疑問はどうやらほぼ一斉に起こるものらしいということが、なにやら不思議でならなかった! 本当に、辺りを見回してみれば、いろいろと面白いことがいっぱいあるものだ! 2007年 08月 09日
夏休みなって大学の図書館へ毎日通いだした。 ふとカレンダーを見れば今日9日は六道さん参りの日ではないか。 7時に大学を辞して松原通の六道珍皇寺(“ろくどうちんのうじ”と読む)へ向かう。 もう辺りは真っ暗であったけれど、迷いもせず足は私を寺まで連れて行った。 松原通にはいつものように夜店が出ているが、多少少なめなのはどうしたのであろうか? ![]() 門をくぐると参道の両側にもやはりお店が出ていて、善男善女の会話がにぎやかに飛び交っている。 閻魔堂の閻魔さんや小野の篁の木造が参詣者の一年間の行いを糺しながら私たちを見下ろしている横を足早に、はたして今年はどれくらいの人が並んでいるのであろうかと思いながら迎え鐘の最後尾を探すと、いるわいるわ!いつも以上の人々が東門からはみ出して狭い路地を延々北へ一丁余り並んでいるではないか! まあ、それでも1時間ほどで順番が廻ってくるだろうとのんきに構えて行列の末尾に席を取った。 一歩また一歩ではあったが行列は確実に進み、その間、涼やかな風が路地を渡って本当に殊の外涼しく、「まるで極楽の扉が開いたようだ!」とよく母が言っていたのを懐かしく思い出す。 ![]() 京都ではお盆にご先祖さんを「お精霊さん」(“おしょらいさん”と読む)と呼び慣わしており、京都人かどうかはこの言葉が会話に入っているかどうかでだいたい判断がつく。 1時間もたたないうちに順番がやってきた。 ここの鐘は表からは見えず、お堂の中に隠れているために構造はよく分からないのであるが、ふつうの鐘と違い、手前に手綱を引くと鳴るようになっている。 したがって鐘を撞くと言いながら、実際は手前に綱を引くと鳴るのだ。 しかもそれが、結構力がいる! 赤い布が巻かれた綱を二度引いて無事鐘を鳴らすことができた。 六道さん参りは京都では彼方此方で行われているけれど、この六道珍皇寺の鐘が夙に名を馳せているのにはそれなりの訳があるのだ。 ここ鳥部野の辺りには昔からこの世とあの世を結ぶ道があり(六道の辻と言い習わされている)、小野の篁は昼は宮中へ出仕し、夜はあの世へと出向いて閻魔の庁にて業務を執り行ったと云われるスーパーマンで、この寺の中にある井戸を通っては日夜この世とあの世を行き来していたというのだ(子供達が横で聞いていると、きっとこう尋ねるにちがいない。「ネェそのおじちゃんは一体いつ寝るの?」って!)。 この井戸は今でもこの寺にあり、いずれはゆけるものの、一度先に這入らせていただいて、是非閻魔様に拝謁賜りたいものだと私は罰当たりにも常々想っている。 ![]() お堂を出ると、さんざめく夜店を左右に見遣りながら四条の方へと向かった。 途中で幽霊の飴屋(死したる母が、我が子を養うため、夜な夜なこの飴屋に飴を買いに通ったという)があり、飴を一袋買って帰る。 この飴は結構素っ気ない形をしているものの、なかなかのものでこれならば必ずや赤子も育ったであろうと想われる。 昼間の疲れからであろうか、電車に乗ると、深い深い眠りに墜ちてしまい、あの世ならぬ大阪へと電車は私を運んでいったのである。 【PS】 くどいようではあるがこの幽霊の飴は美味しい。 癖のない、すっきりとした味わいが満艦飾の日常に慣れてしまった我々にとって、本当に不思議な味わいである。 口に入れていることさえ、つい忘れてしまうこの飴には、現代が忘れてしまいかけている味がしてならない。 げに、この飴ならば赤子も育つであろうが、もう少し小さくし、かつ、角を取ってやらないとい赤子には大きすぎるし、口の中に傷を付けてはならないから、と思うのだけど、それは年寄りの余計な詮索であろう。 2007年 08月 02日
![]() 毎日目の前に山を見ながらも、年の性なのであろう、長い間体調を崩し、この3ヶ月ほど指をくわえて眺める日々が続いた。 かといって、別段今良くなったわけではないのだけれど、ほんの少し体調が整ったことを言い訳に、また、内が出かけている隙をぬって、これ幸いにと、家を脱走し、山へと出かけたのである。 なんと心弾むことであろうか! 少々天気模様が芳しくはないものの、浮き立つ気持ちを静めながら、いつもの登山道に到着した。 少し登り始めると、飢えた眼にいろいろな物が飛び込んでくる。 オオナナフシがいるかとおもえば、思わず吹き出しそうになる人面虫が足許から私を見上げている。 ![]() 山道は人が通うから辛うじて道として残っている状態で、もし人が歩かなくなると、途端に草に道は飲み込まれ無くなってしまうに違いない。 ![]() 日溜まりにはニホントカゲの成体やきんきら尻尾の幼体が夏の日を浴びている。 ![]() あえて手入れをしていない山道はまるで小さなジャングルのような風情があり、これを眺めながら、やはり脱走してまで登ってきたことの言い訳をしきりに見つけ出したりしている自分がおかしい。 ![]() 水飲み地蔵のお堂の入り口に奇妙な生き物と覚しき物がうごめいていた。 うずくまって観察してみると、どうやらこれは生き物らしい! ゾウムシのような昆虫が蜘蛛の巣に引っ掛かったのだけれど、何とか脱走に成功し、いっぱい蜘蛛の糸を体に巻き付けながらもお堂の入り口まで辿り着いたのだった。(帰って調べたら、どうやらアシナガオニゾウムシのメスみたいである!) 彼女は死地からの無事な生還をお地蔵様に感謝するためにやって来たのであろうか! 聞けるものならば、彼女から奇跡の生還の顛末をばじっくりとお聞きしたいものである。 頂上付近ではもう夕刻が迫り始めたためであろう、ヒグラシが涼しげな声を立てている。 石に腰をかけ、水で喉を潤しながら、目を閉じて風のそよぎと生き物たちの声にしばし耳を傾けた。 久しぶりにたっぷりと山を堪能したあと、恐る恐る家に辿り着けば、風呂が沸かれ、冷えたビールがニッコリと私を待っていてくれたのであった。 【PS】 山道を登っていると三人ずれの親子に出会った。 上の写真のようにすれ違うには少々狭かったので道を譲った。 先頭の男の子が帽子を取って「ありがとうございます!」と挨拶をした。 つぎの女の子も、父親も同じように挨拶をして下っていった。 2007年 07月 11日
![]() 出会いによって時々複雑な思いがする時がある。 ご近所に猫好きな方が多いせいか、野良猫が辺りを闊歩している。 別に彼等が凶暴なわけでもなく、彼等によって何か不安が町中に蔓延しているわけでもない。 ただ、彼等の生理的活動がどこの家でも眉をひそめさせているのである。 思わぬところに、思わぬ形で彼等の生活の痕跡が我々の日常を極めて不愉快なものにさせているのである。 もとはといえば、古くから言われているように、彼等の誕生における人間のわがままさが何よりもの根源であると言ってしまうと、それまでなのだが、しかし、何処かの他人さんがしでかした無責任な不行跡が関係のない自分たちに及ぶ時、それを決して首肯することはできない。 なぜならば彼等は、庭の一番大切にしている場所や愛車の横など全くお構いなく、実に強烈な自己存在の証をそこに留めようとしているのだからだ。 ましてや、それが、一部の人の一時の慰みによって与えられる食事によって助長されるとなれば、ただただもう腹に据えかねるのである。 たまりかねた方が、ガレージ横のフェンスに張り紙を出した。 もっともなことだと思う。 観ていると、わざわざ缶詰を持参してきたり、ペットフードを買ってきたりと、与えている御常連の方々はまことに優雅の極みではないか。 このような御常連の面々は己の行為の行く末をどのように考えておいでなのだろう! 本当に、そんなに彼等が不憫だと思うのならば、自分できちんと飼えばよいのに、と思う。 かがんで張り紙を見ていると、勘違いした一匹の猫がやってきて、このおじさんは一体どんな食事を持ってきたのだろうか?と、フェンス越しに私を眺めているが、字が読めないこの猫をこちらから見ていると、なんともまた不憫でならない。 この猫の少し後ろには、彼の愛妻と生まれたばかりの家族が車の下からジッとこちらを窺っているのだった。 【SP】 一昨日からニイニイゼミが玉串川沿いに鳴き始めた。 もう夏なんだなあ、と立ち止まって昔なじみの初々しい声に思わず聞き入ってしまった。 ニイニイゼミの声を聞いていてふと思い出したのだけれど、蝉の幼虫が地上へ上がってくる時、どういう訳かニイニイゼミの幼虫だけが泥だらけになって上がってくるのは一体何故なのだろうか?という小学生以来の疑問を思い出してしまった。 本当に不思議ですよね! |
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